ライン


その他のB級趣味

趣味というより昔夢中になっていた懐かしいものが出てきました。

パソコン

初めて買ったマイクロコンピューターです

APPLEUは30万円くらいしてたし、PET−2001や
タンディラジオシャックTRS−80はカタカナROM
やアフターの問題がありやはり国産という事になり
レコーダーまで付いたオールインワンのMZ−80K
となりました。
値段は確か19万8千円だったかな、

半キットで基盤の取り付けやキーボードを一コづつ文字シートを
挟んで組み立てるというプラモデルのようなキーボードで、

キータッチと、この配列は最低で、オマケに
反射して見えづらいという散々なモノでした。

クリーンコンピューターとかいったふれこみで
カセットでそのつどBASICを読み込ませて立ち上げますが
そのBASICの遅さは天下一品でオプションの
ハイスピードBASICを買いました。

のちにこれもオプションのマシンランゲージのカセットも
買いましたが結局何も身に付いておりません。


よくI/Oやベーマガに載っているプログラムを徹夜で
コピーしていましたが、よく書き込み途中で走らせてみて
暴走してまた最初から打ち込みに戻ってしまい
がっかりしていましたね。

家人に「そのコンピューターで何ができるの?」
と言われ返答に困り機嫌が悪くなっていたので
我が家ではその問いかけは禁句になっていました。

1年位でやはり何も出来ない事が分かると途端に
熱が冷め、確か5万円でショップに売ったと思う。

機能やメモリーがとてつもない速さで
進化していた、

その後しばらくしてゲーム機の時代になり
反主流派の私はファミコンではなく
ソードのM5(販売タカラ)なるキーボードが付いて
BASICも走るカセットゲーム機を買ったが
時代はやはり「ファミコン」でソードは自然消滅!
いつのまにか家からも姿を消していた。

その後約20年全く興味が無く、久しぶりに
みたパソコンの物凄い進化にショックを受け、
また血が騒ぎ出したのは言うまでも有りません。
通信衛星


KuバンドのLNB
フィードホーン、ポーラライザー

Cバンドの一式

廃棄する前にオクに出したら
すんなり売れちゃった、

ちょっと昔ですが通信衛星の受信に
はまってました。

チューナー、LNBなどは処分しましたが
これはその名残で当時の物で残っている
のは買い手が付かず小屋裏でかなり
邪魔なこのパラボラだけです。

KuバンドとCバンドを受信していましたが
海外は言葉が分からなくてつまらないので
もっぱらKuバンドはJCSATの
放送局衛星中継波の受信をしてました。

リハーサルの様子、アナの雑談
などの放送以外の裏の部分が
見えて面白く
地上波放送と中継波のモニターを
並べて置き生放送の緊張する様子を
見て喜んでいました。(バカだねぇ〜)

でも中継現場の準備半日、本番5分には
早々付きあえません、

そこでCバンドのキー局から地方局に
NTTマイクロ波で録画を送る裏送りを受信して
地方では遅れて放送する番組などを
見ていました。

これはNTT中継局の近くでマイクロ波を
拾うようなもので電波塔の近くでないと
受信できません、家が近くだったんですよね。

当時地方で機材を揃えるのは通販しか
方法が無く、結構な投資をして
いつ始まるか分からない中継波を
待っているのはやはり「暗い趣味」
でしたね。

風のウワサではデジタルに移行したので
もう見れないとか・・。

シロートが入るリハーサルは結構
面白かったんだけどなぁ。
ラジコン


ラジコンは自分でお金を稼ぐようになって
ようやく買えました。
ラジコンにも陸海空有りますがやはり
空でしょうね。

初めは小学生だったかなぁ、
その頃のラジコンは大変高価で当然ながら
Uコン(Uコントロールライン)から入りましたね。
専門誌の「Uコン技術」なんていう雑誌も
有りましたし。

最初に買ったエンジンはフジ099
というモデルで両面排気でマフラーが鳥の
翼のような形をしていてクランクケース
後ろに赤い砲弾型のタンクが特徴でした。

ラジコンはパイロットの機体にエンヤの29
が最初だったと思いますが
指導者も無く、「ラジコン技術」の情報が頼りの
プロポ操作は事前にイメージトレーニングを
したにもかかわらず、
自分で手投げした瞬間に頭の中が
真っ白になり舵の当てすぎで木の葉
のように舞ながら自分でコントロールする
実感もないうちに数秒で激突し、破片を
惨めな思いで拾って帰る事は2度や3度
では有りませんでした。

途中から、グローエンジン機はでかいし
燃料が臭いし汚れる、用意する機材が
多いし飛ばすまでに時間がかかり過ぎて
面倒、

等の理由から小さくて手軽、充電さえ
してあればすぐに飛ばせる
電動プレーンに傾きました、
費用もエンジン機ほどかかりませんし、
いかにも遊びって感じで、いいですねぇ。

風の強い日はダメですが、速度も遅く
ゆっくり飛ぶので大破する事も無く
楽しみましたが、だんだんと近所に
飛行場所がなくなってしまい
しまったまま屋根裏の肥やしに
なってます、
(ニッカド電池などそのままなので
本当に腐っているかもしれない)

「ラジコン技術」も見てないけど
電動プレーンは進んでいるだろうなぁ、
見ると欲しくなるから見ないけどね。
スノーボード

92年頃だと思いますが市内のスポーツ用品店
の新規開店でブラっと入った時に初めて
目にしました、
それまではスキー雑誌等で若干の知識は
有りましたが、一目みて、これは面白そう!
と一目惚れ、
実は人目ぼれは78・9年にサーフィンでも
有りまして、でも日本海側は波が出るのは
台風シーズンから冬で友達がスキーをつんで
滑りに行くのを横目で見ながら
車に積もった雪を落として海に行きました。
今思い出すと結構な修行をしたような・・。

なんか横乗りが好きなようで
スケートボードも結構好きですが
転ぶと痛いので深入りはしませんでした。
(ってゆーか上達しませんでした)

早速雪が降るまでビデオを買い込んで
イメージトレーニング、

完璧な状態のはずの初すべりは
さんざん逆エッジをくらって
真っ直ぐに滑る事もままならず、
半べそをかいて帰った翌日は筋肉痛
と首が痛くて回らずに往生しました。

ここまで金をかけたら止められないし
滑れないのも悔しいので
そのシーズンはナイターなどを含めると
30回位通いましたね。
職場にボードを持ち込んでワックスを
かけて帰りにナイターでしたが
今となってはそんなパワーは
カケラも有りません。

まだ滑走禁止のスキー場が多く
平日に滑っているボーダーは
自分だけ、何ていう事も結構有り、
2〜3人だと知らない人でも仲間意識
で声を掛け合って一緒に滑ったり
しましたね、

シーズン終了間際には新雪の楽しさ
も分かるようになり
次のシーズンには家族と滑ろうと
奥様と子供2人のセットも購入
(とってもとっても費用が掛かりました)

2〜3シーズンは一緒に滑りましたが
私の腰痛、痛風、奥様の膝痛、
により中断したままになっております、

あっっ、私の肥満もありました。

あぁ、フワフワの新雪を滑りたい!!
(ダイエットしろっつーの!)

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